佐藤次郎先生、お世話になりました

投稿者: 佐藤次郎 / 投稿日: 2021年03月16日
2007年以来13年に渡って助教、医局長、放射線部副部長を歴任され、IVRを中心とする東大病院の診療の要となってこられた佐藤次郎先生が、3月末をもって退職されます。先生が歩まれた道、ご家庭との円満な両立生活の秘訣、新天地や後輩・同僚への思いなどを伺ったところ、佐藤先生のお人柄がにじみ出る多くの名言を頂きました。是非お楽しみください。

(編集・聞き手担当 前田恵理子)

佐藤次郎先生:2015年4月の日本医学放射線学会総会にて

先生のご略歴を教えてください

  • 1999(平成11)年3月 東京大学医学部医学科 卒業

  • 1999(平成11)年6月 東大医学部附属病院 医員(研修医)

  • 2000(平成12)年4月 筑波大学附属病院 医員(研修医)

  • 2003(平成15)年4月 東芝病院画像診断部 医員

  • 2005(平成17)年4月 東京大学大学院生体物理医学専攻 入学(助教就任時に中退)

  • 2006(平成18)年4月 公立昭和病院放射線科 主事 (大学院生と兼任)

  • 2007(平成19)年4月 東京大学医学部附属病院放射線科 助教

  • 2010(平成22)年4月 東京大学医学部附属病院放射線部 助教・人事部員(医局長)

  • 2011(平成23)年4月 東京大学医学部附属病院放射線科 助教・人事部員(医局長)

  • 2013(平成25)年10月 東京大学医学部講師、附属病院放射線部副部長 至現在

助教、医局長、副部長時代でそれぞれ特に印象に残ったことは何でしょうか?

<助教時代>

CTで逐次近似再構成が可能になった時期で、赤羽正章先生に指導していただき研究したことですかね。大学院生の先生方と一緒に学会発表や論文化に取り組み、RSNAにも参加しました。振り返ってみて自分にとって最も研究のアクティビティが高い時期でした。

<医局長時代>

人事が一番悩みの種でした。若手の希望をできるだけ叶えたいと思う一方、医局員の引き受け先となる関連施設の先生方のご希望もあり調整に難渋することがありました。ある施設の部長先生から、実際の施設を見もしないで一方的に判断するのはいかがなものか、一度見に来いとご指摘いただいたことがあります。確かにそのとおりだと思いまして訪問したのですが、実際に行ってみると、医局長がわざわざくるとはなにか重大なことを宣告されてしまうのに違いないとドキドキされたそうです。もちろんそんなつもりは毛頭ありませんでしたが。

<副部長時代>

2016年に旧内科研究棟から臨床研究棟(CRC棟)への移転があり、その後内科研究棟が取り壊しになったのですが、内科研究棟内に残されていた大量の物品を廃棄したことと、2017年から2018年にかけての新医療情報システムへの移行にともなう障害に対処したことが特に印象に残っています。どちらも語り尽くせないほど大変でした(笑)。

2015年には日本医学放射線学会では重責を担われ、総会は大成功に終わりました。その時の思い出と、特に思い出に残ったことを教えてください。

大会長である大友邦先生、実行委員長の赤羽正章先生、プログラム委員長の國松聡先生のお手伝いをさせていただきました。私にお呼びがかかったのは2年前の秋ごろで、そこから開催まで院内で15回ぐらい会議を行っています。といっても私は他団体(JSRT、JSMP、JIRA)との打ち合わせ等にはほぼでませんでしたし、ある意味気楽な立場でした。特に印象に残っていることといえば会長招宴のメニュー選びや大会期間中に写真係を担当したことですかね。貴重な経験をさせていただき感謝しております。

ご家庭との両立で苦労されたこと、工夫されたこと、うまくいったことがあれば教えて頂けますか?

家庭のことのみならず、あらゆる対人関係においてそうだと思いますが、価値観の違いや思い込みによって関係がギクシャクすることってありますよね。一方にとって当然のことでも、他方は全然そう思ってなかったり。前提が全く違うこともありますのでまずは対話してみることと、自分とは考え方ややり方が違っても許容することが大事なのだと思っています。私自身は「自分は料理ができない」という思い込みがずっとありましたが、あるとき妻から「仕事では複雑なことをやっているのに料理ができないわけはない、やる気がないだけでしょ」というような指摘を受けました。痛いところをつかれてしまったわけです。それからはぼちぼち料理をするようになり、今では早く帰宅したときに晩飯をつくったり、週に一回だけですが子供の弁当をつくったりしています。料理するようになったことは家庭にとってとてもプラスになっていると思っております。

新天地のご紹介と抱負をお願いいたします。

研修時代に外勤や勤務医としていろいろな病院を回る機会を得ましたが、各施設の部長、医長の先生の御活躍に感銘をうけることが多々ありました。市中病院で科の責任者を務めるというのは大学病院とはまた違ったチャレンジがあると思いますが、課題に一つずつ取り組んでいきたいと思っております。また管理の仕事が増えたせいで、以前ほど若手の先生方に直接教えることが少なくなっていたので、そういうこともできれば良いなと思っております。

先生は長年IVRを始めとする中心的な役割を担われてきました。また、教授が変わって新体制に変わる中で、科の垣根を越えて多くの先生方の心の支柱であり続けました。佐藤先生の異動にともない戸惑っている多くの同僚・後輩たちへのエールをお願いいたします。

若手の皆さんには、若いうちにいろいろ経験しておくことをおすすめします。何事もラーニングカーブのはじめが一番急峻なので、一回もやったことがないのと一回やったことがあるのではかなり違います。あとこれは仕事に限ったことではないのですが小さなことでもコツコツ続けることですね。複利と時間を味方につけましょう。

それより少し年数を積んだ方は、他科からないし病院全体からみた放射線科医の立ち位置というのを意識することをお勧めします。放射線科は診療科の特性上、他の科とはちょっと違った文化があるとおもっておりまして、それ自体は良いことだと思っているのですが、必要以上に不親切だったり、ディフェンシブだったりしていることはないでしょうか。合同カンファや勉強会、委員会などで他の科の先生と交流することで得られる視点もありますのでそういう機会もできれば持つようにするとよいと思います。

歳の近い方へは、仕事に関して私から改めて申し上げることはあまりなく、お互い健康に気をつけてしぶとく生きましょうということぐらいでしょうか。あとできれば趣味などのほうがいいかと思いますが、自分より若い先生に師事するのは良いですよと伝えたいです。医師は下手すると医学生の頃から持ち上げられがちですし、知識や経験を積んで職位があがってしまうとますます「先生」になってしまいがちです。生徒としてお金を払って教わると忘れがちなバランスに気づけるかもしれませんし、学ぶこと自体の面白さを再発見できるかもしれません。ご参考まで。