中川恵一特任教授インタビューpart 2

投稿者: 前田恵理子 / 投稿日: 2021年05月27日
総合放射線腫瘍学講座の特任教授に就任された、治療部門の中川恵一先生へのインタビュー。2回目の今回は、中川先生の社会活動についてお話を伺います。
中川恵一先生へのインタビュー、第2回目は先生の社会活動について伺いました。

不幸の総量を減らす

―――先生は院内での診療、研究、教育に加えて、がんに関する啓蒙書を多数執筆されたり、日経新聞に長期連載を書いたり、盛んに社会活動をされています。何かきっかけがあったのでしょうか?

中川:私はがんの医者をやっていますが、そもそも、がんになんてならない方がいいわけです。すると、病院に来てからがんを治すより、全体としてがんを減らしたほうが良いということになります。

―――そりゃそうですけど、なかなか切り込むのは大変ですよね。

中川:医者って、自分の患者さんを治したいと思うものです。でも、長く生きていると、世の中の不幸を、その全体の量を減らしたほうが良いということになる。不幸の積分値を減らしたくなるものなんですよ。日本の場合、日本人のヘルスリテラシーのなさが不幸の原因になっていることもすごく多い。例えばがん検診の受診率の低さにしても、世界の先進国と比べた喫煙率の高さにしても、あまりにヘルスリテラシーが低すぎるんです。日本の不幸の総量を減らすには、啓もう活動、社会活動に力を入れざるを得なくなるわけです。ちなみに私はそれが「心筋梗塞を減らしたい」とはならなかったですね。正直、循環器には関心が薄くて、やはりがんが好きなんでしょうね。

がん対策基本法、がん対策推進協議会、がん教育

中川:社会活動の原点は、2006年に成立したがん対策基本法です。その立ち上げから成立を主導しました。主な内容は3つ。放射線化学療法の推進、緩和ケアの推進、がん登録です。

―――放射線化学療法って、がん治療の三本柱の2つですよね。推進する必要なんてあったのですか?

中川:昔から日本のがんといえば胃がんなんです。白い巨塔にはじまり、日本のドラマやメディアに出るのは胃がんで、外科医、外科手術と相場が決まっている。今ではだいぶいろいろな医療ドラマがあり、多彩ながん治療が普及していますが、この法案を準備していた時はまだ、日本のがんの世界は胃がんでした。当時はまだ、放射線治療や化学療法は、あくまでも外科手術のサブ的役割でした。

―――今の多彩ながん治療の原点がここにあったのですね。

中川:それから、がん対策推進協議会。その委員を10年やりました。政府諮問委員は最長10年ですから、フルにやったことになります。その中で一番頑張ったのが、がん教育です。赤裸々なまま、とでもいいましょうか、がんについて何も知らないままがんになる状況を変えたかったんです。がんといえば、国民の半分、男性は2/3ががんになるわけです。命にかかわり、誰もが関係する病気なのに、誰もがんのことを習わないまま大人になっているなんておかしいですよね。

中川先生のご尽力により、いまでは中学校保健体育の教科書にも「がん教育」の項目がある。

―――言われてみれば。

中川:うちの医局員で、ある有名進学校出身の先生に聞いてみたら、そこではそもそも保健体育の授業を受けたことがないって言うんですよ。

―――私の母校も、少なくとも当時は保健体育の授業なんてなかったですよ。

中川:でしょう?でも今では、中学高校の教科書にがん教育がしっかり明記されています。それにかなり関わりました。

―――文京区では小学生に対してもがん教育が行われています。大変な影響力ですね。

中川:私は臨床と公衆衛生のブリッジングに関心がありましたし、それに力を入れてきたといえます。臨床の経験がないと、公衆衛生だけやっていてもこういう仕事はできないですから、臨床医が社会活動に出ていくことには、大きな意義があります。

福島とコロナの共通点

―――先生は東日本大震災の後、放射能に関する積極的な情報発信をされましたね。

中川:ああ、あれはね、福島出身の友人がいたんです。3.11の後、彼の勧めもあってツイッターを通じて放射能に関する情報発信をしたところ、20万人以上のフォロワーがつきまして。あれはあれで大変でした。いろいろと付きまとう人もいて。

―――お察しします。

中川先生の一般書の一部から。放射線被ばくやコロナに関する啓蒙書もある(上段中央の2冊)。

中川:福島の問題もコロナも、根っこは一緒です。日本は甘ちゃんな国でしょう。未成熟で。せいぜい文句が来るぐらいで、それで済んでしまうんですね。本当の意味で悲惨な思いをしていない国。だから一神教がいらない国なんです。だって一神教の国って、自然環境が厳しかったり、民族紛争があったり、いつ国境を越えて攻め込まれるかわからなかったり、という国ばかりでしょう。長い歴史の中から、自分たちの領土が奪われるとか、身をもって悲惨な思いをしているし、歴史を通じて起きたことを彼らは決して忘れない。だからイスラエルなんかは危機感が違うし、本当に攻め込まれるということがどういうことかわかっているから、ワクチンもバンバン打つ。逆に日本は平和ボケしすぎて、ちょっとしたリスクに対しても非常に過敏になってしまう。

―――確かに被ばくの問題と似ていますね。

中川:100ミリシーベルトを恐れるのも同じ。コロナワクチン、HPVの件なんかも同じです。こういうことを言うと怒る人がよくいるけど、まともなリスクコミュニケーションができない点で、起きていることは同じなんです。

(part 3につづく)