中川恵一特任教授インタビューpart 3

投稿者: 前田恵理子 / 投稿日: 2021年06月03日
総合放射線腫瘍学講座の特任教授に就任された、治療部門の中川恵一先生へのインタビュー。最終回の今回は、中川先生が考える海外生活の意義、日本の課題や、総合放射線腫瘍学講座の未来などを伺いました。
2021年5月13日に、総合放射線腫瘍学講座特任教授に就任された中川恵一先生にインタビューをお願いしました。

海外生活から学ぶこと

中川:これは今の若い人たちにも言いたいことだけど、一度は海外に出たほうが良いです。海外では日本に住んでいては想像もつかないことがいろいろ起きるので、視野が広がるというか、相対化されます。私は1年間スイスにいました。スイスっていうのは面白い国ですよ。中世を色濃く残し、日々の暮らしの背景に歴史が見える国です。そしてその歴史を決して忘れません。だから彼らはEUなんかも絶対に入らない。

―――先生はなぜスイスに行かれたのですか?

中川:まず、昔は留学するのが当たり前でした。私がスイスに行ったのは、湯川秀樹先生の人脈で。当時、パイ中間子による放射線治療の研究もしていたので、そのなかで少し奨学金をもらって、1989―1990年に行きました。

―――たまたまですが、私がオランダにいた時期と重なっていますね。

中川:オランダもあの頃、まだチェルノブイリの影響があったでしょう。これはチェルノブイリのせいではなくて、対ソ連ということだけど、各家に核シェルターが必要なんですよ。そのなかに水や食料を備蓄して、いつでも逃げ込めるように訓練するんです。

―――オランダにはそんなのはなかったです。

中川:それがあの国の面白いところで。スイスは国民徴兵制なんですよ。オランダはそんなことないでしょう。日曜日に河原に行くと、市民が実弾射撃をやったりしています。コロナも、彼らは「またか感」があるんですよ。今の人にはよくわからないと思うけど。学問だけでなく、そんなことも通じて生き方の視野が広がりますよね。

―――コロナで海外に出ることが難しい今、どうやって海外体験をすればよいでしょうか?

中川:Webでやるしかないんじゃない?Webであっても、日本国内でやるより優秀な人が多いから、やる意味はあると思います。高い要求水準を保てばインターナショナルになる。

日本の課題

―――日本人はなぜこんなに内向きになってしまったのでしょうか?

中川:かつては、世界一であろうと思っていた時代がありました。世界一でいるには、世界に行くしかない。だから留学は必須でした。今は世界10位以内でいいや、という感じでしょう。だからモチベーションもわかないんじゃない?適当でいいやと思っているでしょ。やっぱり、世界一を目指さないとね。

―――そういうガッツは、明らかになくなっていますね。

中川:あと、公衆衛生への関心の薄さ。ヘルスリテラシーが圧倒的に低い。ひとりひとりのリテラシーが低いだけではなく、政策決定者がヘルスリテラシーを高める機会がない。それから歴史を知らないからでしょうね。ペストやスペイン風邪など過去を知ることが、公衆衛生上の危機感にもつながると思うので。

―――日本人はなぜそういうことに関心がないのでしょうか?

中川:がん教育もそうですけど、保健について学ぶ機会がないとこうなりますよね。教育の問題はやはり大きいです。

総合放射線腫瘍学講座について

―――話は大きく変わりますが、先生がこの寄付講座を立ち上げたのは何故ですか?

中川:医学物理士の拠点がなかったから作りたかったのです。この規模の病院なら、本来は正式な組織ができるべき職種です。正式な講座となっていくことを強く望みます。

「総合放射線腫瘍学が正式な講座となっていくことを強く望みます」と中川先生。

―――放射線物理士といえば、放射線治療の線量の検証に欠かせない職種ですよね。

中川:物理士って欧米諸国ではとても地位が高いんです。スイスでは、周り中の物理士は皆さんPhDでした。家の表札にも、物理士、PhDと書くほど。放射線療法は物理療法ですから、数学の知識、物理の知識の点で医師には限界があります。だから物理士が必要であることは、ヨーロッパのエリート層にとって自明のことでした。説明されなくても直観でわかるレベルの当たり前さです。

―――私が参加しているWHOの小児放射線被ばくのリスクコミュニケーションに関するワークショップには47か国の人が参加していますが、日本ではいわゆる途上国と思われているような国でも物理士がいるメンバーが多く、診断領域における患者さんへの被ばくの説明にも、物理士が参加する国が少なくないことに驚きます。

中川: 後進国は、旧宗主国のシステムがすっと入ることが多いので、彼らは社会にもあたり前のように物理士がいるのでしょう。日本は植民地体験がないですから、海外から入ってきた学問やシステムが、うまく取り入れられない面があると思います。

―――いろいろなところに通じる日本の課題ですね。

中川:我が国の状況は大変です。だって、超少子高齢化の中で、移民を入れないでやっていくという、絶対無理なことをやろうとしながら、どうやって崩壊を食い止めるかに頭をひねっている状態です。オランダなどのヨーロッパ各国は、否応なしに移民を受け入れることで持続可能になっている。逆に言うと、人口減、少子化、高齢化については、ある意味日本がリードできる領域でもあるのです。それをうまく活用していかないといけません。

若手へのメッセージ

―――最後に、放射線治療医を目指す若手や学生さんに一言お願いします。

中川:何度も言っていますが、私は結局がんが好きなんです。放射線治療を専門にすれば、色々ながんに接することができます。緩和、政策、がん教育など、周囲に様々な広い世界があり、素晴らしいフィールドだと思っています。医学物理の発達のおかげで、適切な治療がしやすくなったのも、患者さんにとっても医療者にとっても朗報です。この素晴らしい放射線治療の世界を、ぜひ志してください。

―――本日は長時間のインタビューにご協力いただき、ありがとうございました。

2021年5月13日に中川恵一特任教授(総合放射線腫瘍学講座)にインタビューを行いました。

(この項おわり)