(聞き手・執筆は前田恵理子特任助教)

東京大学医科学研究所は、都営三田線・東京メトロ南北線の白金台駅のすぐ隣にあり、JR目黒駅も徒歩圏内とアクセス抜群です。

病院は、東京大学白金キャンパス、隣の港区立郷土歴史館、目黒駅側の国立科学博物館附属自然教育園、すぐ裏の八芳園と、都心でありながら緑豊かな環境に恵まれています。


1、診療について
―――本日はお忙しい中、医局広報のインタビューにお時間を頂きありがとうございます。まず、医科研放射線科の診療について教えてください。
國松先生(以下敬称略):放射線科ではCT、MRI、核医学を扱っており、今のところ3人同時にいれば回るくらいの件数の検査をしています。今後検査数が増える予定です。一般撮影は技師さんたちが撮影していますが、我々は読影を含めてタッチしていません。血管造影は、以前は装置もあったのですが、残念ながら故障したため廃止しました。あと、脳腫瘍だけですが放射線治療もやっており、本院の山下英臣先生が週1回来てくれています。
―――どのような機械をお使いなのですか?
國松:CT はキヤノンの320列Aquilion ONE、MRIはシーメンスの3テスラSkyraを使っています。Aquilion ONEは本郷にあったもののおさがりです。あと、少し変わったところで核医学検査は、GEのSPECT/PET融合機を使っています。
―――本院との診療連携はありますか?
國松:本郷のMRIにはほとんど空き枠がないこともあり、検診部のMRCP検査をこちらで実施したりしていますね。

2、研究について
―――医科研というと基礎研究が盛んなイメージですが、臨床研究も行っていますか?
國松:医科研は特殊な病気の患者さんが多いので、そうした疾患に絞れば臨床研究も不可能ではありません。しかし、いかんせん患者さんの数は少ないので、やはり本郷の症例をお借りするのが多いですね。医科研のスタッフは皆、本郷の届出診療医にもなっており、本郷の読影のお手伝いにも伺っていますから、本郷の診療も研究もできる体制にはなっています。
―――今は皆さんどのような研究をなさっているのでしょうか?
國松:私は本院のデータをお借りして、主に脳腫瘍の研究を行っています。医科研にも脳神経外科があり、ウイルスを利用した脳腫瘍の治療を行っていますので、そうした研究を見ることはできます。ここの病院の特性上、新しい治療のトランスレーショナル・リサーチ(基礎と臨床をつなぐ橋渡し的な研究)に触れる機会があります。
赤井:僕はマウスを使った動物実験がメインです。
八坂:私はもっぱら深層学習の研究です。医科研のデータを使ったり本郷のデータをお借りして自分で解析をしたり、東大や順天堂が関わるAMEDの研究を進めたりしています。
3、医科研放射線科の動物実験
―――動物実験は放射線科医には敷居が高いですが、トレーニングにはどれくらいかかりますか?
赤井:まず手技を覚えること。つまり、インジェクションや手術などの処置をして、麻酔をかけて、MRIを撮るという基本手技が安定的にできるようになるためには、週に1-2日実験を行ったとして半年くらいかかります。めちゃめちゃセンスがいい人で3ヶ月ですね。インジェクションは、目のキワやしっぽの静脈から行います。でも、麻酔のコントロールさえできれば、マウスって意外に強いので、ヒトの手術では考えられないようなそのへんの研究室の環境で手術をしても、開腹して、肝臓を切ったりした後普通に生きてくれるので、実験はできちゃうんですよ。マウスの生命力は、ほんとに半端ない。
―――どんな研究ができるのでしょうか?
赤井:うちのマウス用MRIは1テスラなので、微細な構造を見ることはなかなか難しくて、やはり造影剤を投与して増強されているところを見る、という手法が主流です。たとえばMRリンフォグラフィー、これは簡単。足に造影剤を皮下注射して、モミモミすれば、リンパ管に入った造影剤が見えます。こういうのを写してみたいな、という感じで実験してみれば、今のところはそれだけでも論文になる。大学院生を想定すると、週1からでも3ヶ月トレーニングすれば特定のことはできるようになるので、1年以内には論文を1本投稿することは可能です。

―――動物の世話はどうしていますか?
赤井:世話は自分でやっていますよ。でも、世間で言われるほど大変じゃないです。マウスはSPF棟にいて、2-3日に1回様子を見に行って、生きているかどうか確かめています。以前は哺乳瓶みたいなボトルで水をあげていたので管理が大変でしたが、今はオートフィーダーで自動的に水やりできるので楽になりました。
※SPF: specific pathogen free; 実験動物自体やヒトの健康への影響する可能性がある特定(specific)の細菌やウィルスなどの病原体(pathogen)が存在しない(free)状態や環境のこと
―――エサは毎日あげなくてよいのですか?
赤井:エサは何日分かまとめてあげます。1週間分くらい置いておく研究室もあります。金魚と違って、あればあるだけ食べてしまうことはなく、めちゃめちゃおいておいたからといって、マウスがブクブク太ってしまうことはありません。だいたい22gくらいで安定しています。
―――その他の世話は?
赤井:週1回、ケージ交換を行います。10ケージで30~40分くらいなので辛くないです。ただ、いまやっているNASH (アルコールをほとんど飲まない人に起こる脂肪肝のうち、肝硬変、ひいては肝癌の発生へと進行する可能性のある状態)のマウスを作るときは、もう少し頻繁なケージ交換しなくてはいけません。NASHマウスを作るときは、まず糖尿病を作る薬で処理してから高脂肪食を食べさせて作るんですね。糖尿病なのでとにかく水を飲むし、たくさんおしっこをします。その分ケージ交換も頻繁にやる必要があります。
―――動物系の実験は赤井先生一人でやっているのですか?
國松:噛まれなきゃ自分でもできると思うのですが……(笑)。私は中枢神経が専門なので、1テスラだと頭の中の細かい構造が見えないので医科研の動物用MRIだと脳の研究がしづらいという理由もあります。脳を見るなら7テスラ以上の機種が欲しい。
赤井:尻尾をもって前足をつかまらせておけば噛まれないですよ。手に乗せたり握ったりすると噛むやつもいますが、そもそも手には乗せないほうが良い(笑)。
八坂:私も赤井先生が不在の時の出産確認とケージ交換するくらいですね。私が医科研に赴任した2016年はRadiomics・テクスチャー解析が流行っていて、さらに深層学習が注目を集めつつある時期でしたので、それらの技術の習得に集中していました。そういえば、世界で1-2人、毎年マウスに噛まれて死ぬ研究者がいると聞いたことがあります。
赤井:そうそう。僕も年に1回くらい噛まれています。痛ってーな!!と思いながら指を絞ったりしてますね。でも手袋二重なのであまりダメージはないです。でも痛いには痛い。
―――マウスはかわいいですか?
赤井:むちゃくちゃかわいいよ。だから動物好きの人は逆にどうかなー。最後にさばく、腫瘍を作るような実験はちょっとキツいかも。
―――どんな人が向いていますか?
赤井:根気がある人ですね。あとちょっとしたことは気にしないおおらかさも必要。
―――手先の器用さは? 例えば赤井先生はどれくらい手先が器用なのですか?
赤井:手先の器用さはあったほうが圧倒的にいいけど、なくてもトレーニングでなんとかなります。僕の手先の器用さ? 果物はむかせてもらえないくらいですね。あまりにいっぱい実が削れちゃうから。
―――なんと!
赤井:前准教授の桐生茂先生(現:国際医療福祉大学放射線科教授)は、手先が器用だったですけどね。手先が器用じゃないと、トレーニングに時間がかかります。練習期間は全然撮影に至らないし、撮影に至っても撮影中にマウスが死んでしまうことも。でも、そんなことより、何をやっても誰もやっていないことばかりなので、そういう状況を楽しめる人におすすめです。
―――動物ならではの苦労はありますか?
赤井:まず、お金がかかることですね。私も今は自分の科研費で色々買えるけど、自分でスタートアップしようと思うと、自分で研究費をもってないと難しいです。例えばマウスを10匹ずつ、3群に分けて30匹で研究しようと思うと、マウスだけで5-6万。さらに薬品代、材料代などがかかります。やるなら、誰かがやっているところにのるのがよいでしょう。その他の苦労としては、どんな実験もそうだけど、予想外の結果が出ることがあること。あと、実験によってはモデルマウスを作るところから始めるので計画的にやっていかないとかなり時間がかかること。
4、医科研の良さ
―――医科研のモットーはありますか?
國松:みんなが年に1本は論文を書きましょう!! ですね。幸い今のところ守れています。あとは、仲良く和気あいあい。お昼も一緒に食べていますよ。コロナ下でも、互いの角度に気を付けて、「ひるおび」見ながら。雑談しながらお昼を食べることで、研究のアイディアも出てきます。あと少人数なので、技師さんともマメにコミュニケーションとれていますし、他科の先生もよく電話してきます。
―――医科研の未来はどうでしょうか?
國松:動物実験ができる環境や基礎研究ができる環境は大切にしたいですね。また、今後症例が増える見込みなので、本郷との連携を続けていきたいです。人数が少ないのでチームワークも良好なままで!
赤井:マウス研究はどうしてもマシンに依存する部分が大きいので、当面は今やっているレベルの研究を維持したいと思っています。将来的にマシンがアップグレードされれば、よりハイレベルな研究に挑戦したいですね。
八坂:これからも深層学習の研究を掘り下げていきたいです。今やAIの研究なら企業でやったほうがやりやすい面もあるのですが、画像診断医の視点から臨床に役立つようなテーマを見つけてやっていきたいと思います。

―――八坂先生は若くしてAI領域で世界の第一人者になられましたね。
八坂:私は2008年に医学部を卒業しまして、現在医師として13年目です。こちらに赴任したのが2016年度でしたが、その8月から深層学習の勉強をゼロからスタートして、12月には1本目の論文を書きました。研究をしていると驚くような発見をすることもあり、その発見したときの感動をそのまま論文にするって、結構大事です。若い人には感動を大事にしながら研究を進めてほしいですね、自分も若手ですが(笑)。あと、医科研は、研究内容や進め方などについて上司に相談しやすいですし、部屋も広くPCの置き場所にも困らず、本当に研究しやすい環境なんです。
―――若い人に向けて、ひとことお願いします。
赤井:放射線診断は幅が広いので、是非好きなことを1個でよいので見つけて欲しいです。放射線科は、ジェネラリストというか、マルチさがつい、重宝されてしまいますが、「このことはこの人に聞こう」という人になって欲しいですね。うちの医局で言えば、五ノ井先生の膵管とか、前田先生の小児心臓とか。最近一点突破が一番強いと感じます。
―――まさに、赤井先生の動物実験もそうですね。最後に國松先生、まとめをお願いします。
國松:私は個人的に運が良かったと思っています。若い時には拡散テンソルMRIが発展する時期で、色々と発表や論文を書かせてもらいました。その後、テクスチャー解析や深層学習が全盛の時代に当たっています。赤井先生の「一点突破」の考え方とはちょっと違って、私は時流に合わせて、手を変え品を変えやっていくことも大事ではないかなと思っています。放射線科は、自分の性格や興味にあった方法で、マルチにやることもできるし、一点突破もでき、どんな人にも必ず、楽しいことが見つかる科です。ぜひ放射線科に来てください。
―――本日はお忙しい中、ありがとうございました。