AIフロントランナー座談会 part 2

投稿者: 花岡昇平, 前田恵理子 / 投稿日: 2021年06月21日
2021年6月3日に、東大放射線科のAI(人工知能)研究のフロントランナーである高尾英正准教授、渡谷岳行准教授、花岡昇平専任講師、八坂耕一郎助教による座談会を行いました。後編の今回は、プログラミングの習得、これからのAI研究、放射線科医はAIに置き換わるのか?など、気になる話題が満載のインタビューとなりました。
2021年6月3日、東大放射線科のAIフロントランナーである、高尾英正准教授、渡谷岳行准教授、花岡昇平専任講師、八坂耕一郎助教による座談会を行いました。写真は左から渡谷准教授、花岡専任講師、高尾准教授、八坂助教。

プログラミング習得の「壁」とは?

花岡:皆様、充実した自己紹介ありがとうございました。前田先生何かありますか? 前田:いやぁ、皆さんすごいなと思いました。私も先生方と同世代なのですが、どっぷりファミコンでマリオやってましたから、同世代にあの誘惑に負けずにプログラミングに勤しんでいた先生方が、いま、こうして活躍されていることに、何よりスイッチ・マイクラ大好きな典型的小学生男子の親としても大変刺激を受けました。ところで、普通のコンピュータ(あるいはファミコン)からAIへと自分が深化するなかで、一番ギャップに感じたのはどんなことでしたか? 花岡:私もいろいろなコンピュータゲームがでてきて、プレイヤーになる人が多かった世代です。花岡家には、コンピュータがあるんだからいいだろうという理由でファミコンがなかったですが。そういう意味で、「よくわからないことをなんとかする」スキルを、一番最初に身に着けることが出来たのは大きかったです。いまではネットにも色々な情報がありますから、何とかする気があればなんとかできる時代になりました。 前田:すごいなぁ。ファミコンのおかげで、コンピュータを使うことが難しかった人でも、大人も子供も壁を感じずに遊ぶことが出来るようになりましたが、なんとかする壁を超えられなかった人も多いですよね。でもまた、今はそんな人にも、アプローチしやすい学習サイトや学習アプリが充実し、学び直しのチャンスが来ている気はします。 花岡:興味を持つことは大事ですね。増谷先生(前述)が退職されたとき、トラクトグラフィーから色々な神経回路を描出、色分けして、3Dプリンターで立体化してお渡ししたりしました。当時としては珍しい技術だったので、既存の技術でも、想像しない組み合わせで使うことで、面白いことが出来ることを学びました。タネは色々なところに転がっていますよ。 前田:あと、渡谷先生がPythonを2か月で書けるようになるまで習得されたというお話がありましたが、それって、とてつもなく速いですよね。どんなバックグラウンドがあればその速さで習得できるのでしょうか? 渡谷:大学時代にC、C++、FFT(高速フーリエ変換)あたりは教科書見ながら書けるように習得しましたし、デバイスの入出力ができるくらいのプログラミングはできました。その後も趣味でいじっていましたね。Pythonはスクリプト言語ですが、文法は簡単です。プログラミングの考え方、クラス、関数といった概念を持っていれば、Pythonでいう言葉は、自分の知っているプログラミング言語で何に相当するか?と対応していけばよいので、言うほどの手間ではないと思います。プログラミング自体の素養がないと、もう少しかかるでしょうけど。 前田:今から始める人は、Pythonから始めるのが良いのでしょうか?C++などは必要ですか? 渡谷:Cはいならいでしょう(笑)。ガチで今からプログラミングで生きていきますっていうなら別ですが。放射線科で深層学習やるだけなら、まずはPythonでしょうね。あとは、JavaScriptは色々なところで使います。Webアプリとか絡めようとおもったら絶対必要。

AI研究論文化への道

花岡:初学者にとってのプログラミングという話が出てきましたが、AI研究という領域は、論文化が難しい領域なのでしょうか?

八坂:深層学習やradiomicsといった領域は、決まった論文の書き方がありますので、研究結果が出そろいましたら、論文として文章にまとめるのは難しくないと思いますね。

花岡:radiomincs研究では、やってみたけどうまくいかなかった、ということは起きませんか?

八坂:やはり、やってみたけど論文化できなかった課題はありますね。症例数が集まらないなど、お蔵入りすることもあります。

前田:八坂先生でもそうなんだ。

八坂:はい。やはり、はじめに十分な症例数を集めることができるか、課題の難しさはどうか、など、予めきちんと検討してからのほうが、ポシャる可能性は低くなると思います。ま、どんな領域でもそうですが。

花岡:ありがとうございます。あとは、話せる範囲でいいので、AIと放射線科が今後どうなっていくか、見通しを教えて頂けますか?

AI研究はレッドオーシャン?

AIフロントランナー座談会で発言される渡谷先生

渡谷:悲観的なことで始めるのはナンですが、AIはいいぞという話はすっかり広まり切ってしまい、今では放射線科医、臨床医、パラメディカル、業者……と、大量の参入者を迎えています。で、ある程度成績が出そうな分野は、やられつくされつつある状況になりました。たとえばCOVID-19のAI。日本でもおカネは出すからやってという、政府系の依頼が研究機関に持ち込まれるのですが、そんな話が出るころには企業ががっつりデータも押さえて、大規模な研究をしています。このように、誰でも思いつくようなところは、完全なレッドオーシャン状態に入っています。

花岡:かといって技術系で勝とうとする……

渡谷:企業や工学系の、そちらが本職の方に医者が勝つのはなかなか難しいですよね。

花岡:やはり、医者が強いのはデータを持っていることですからね。

渡谷:はい、でも、データのアヴェイラビリディーでは優位性があるはずなのですが、大規模な病院と企業が組まれたり、大規模なデータベースが整備される時代になり、その優位性も変化しつつあります。僕は大規模データベースを整備する側の立場ですが……。ともかく、時期によって手出しをするべきことが変わってくる時代を迎えています。今はデータの優位性が医者にある。有利なデータを持ち、誰も持っていないデータセットを使って、誰も持っていない結果を出す。今のところはそんなアプローチが可能です。でも、その段階を過ぎてしまうと、勝てるところは個人としての目の付け所だけになってきます。AIにはいろいろな技術があります。放射線医学にも色々な領域があります。AIはしょせんツールですから、これからの医者のAI研究は、頭をひねって、誰もやっていないことを思いついて形にしていくことになるでしょう。

花岡:群がるという意味では、Kaggle(※)などのコンテストはどうでしょう?みんなが自由な発想で課題を出して競い合うサイトですが、 RSNAも肺炎検出のコンテストなどで課題を出していますよね。

Kaggle:企業、政府、団体などが懸賞つきで提案する課題に対して、自由に応募した技術者から一番成績の良い者が選ばれるサイト

渡谷:例えば、脳腫瘍やHCCなど、自分がこの領域に絶対の自信がある場合は、誰が参入して来ようとそれをやればよいと思います。ただ、コンテストは純粋に腕を磨くには良いけど、医学研究としてはどうなんでしょう。みんなが好成績を取っている領域で、たとえば98%の正診率が出ているものが、新しいAIで98.1%になりました、となったときに、そこに医学研究としての意義がどれくらいあるかはよくわからないし、僕にはそこにあえて参戦するパワーもないです。 

AIフロントランナー座談会で発言される高尾先生

高尾:今はもうデータも沢山公開されていて、工学系も含めて多くの参入者がいます。安易に参戦するのは難しいと思っています。私は基本的には、何かをしたいというアイディアが先にあるときに、道具として機械学習を活用するスタンスでやっていきたいと思います。こういうことをしたいな、という希望が見つかったときに、そのツールとして機械学習を使ってみるというスタンスで利用している研究者は多くないので、優位性があると思っています。

花岡:先生の領域ですと、例えば脳機能解析の分野では深層学習は流行っているのでしょうか?

高尾:病気の判別、セグメンテーションを深層学習で処理しました、というような研究はありますが、 まだ、従来法が使われていることが多いですね。処理の過程で深層学習を使うと優位性が出る分野はまだあるはずなので、そういう分野を探っていきたいですね。

花岡:診断の全体を置き換えるという感じではないのですね。

高尾:まだその段階にはないと思っています。正直、深層学習が流行り始めた頃は、我々の仕事も置き換わってしまうかなと思っていましたが、なかなかそうはなりませんね。

放射線科医がAIに置き換わるのはいつ?

花岡:ところで皆さんに「年」を答えて頂きたいのですが、radiologicalなシンギュラリティ―が来て、医者が診断しなくなるのは何年くらいになると思いますか?予測を教えてください。

前田:よく2045年には普通のシンギュラリティ―を迎えるという話がありますよね。

花岡:ええ。でも、radiologicalなシンギュラリティ―は、それより早いのではないでしょうか?

渡谷:2030年まで、つまりあと10年以内には絶対に起こらないだろうなと思っています。そういうことが可能になる技術がよしんば開発されたとしても、実際の医療をそのまま置き換えようとすると、アプリとしての実装が一つのハードルになります。そして、他科の医者が、それを利用してみようとするハードルがもう一つ。さらにそれに抵抗しようとする団体や医師、って、我々が所属する放射線関係の団体もそうですが、そこに受け入れられるのにさらにもう一つハードルがあるでしょう。

花岡:医療は将棋のAIのようにはいかないということですね。

渡谷:そもそも医療AIは将棋と違って、全体のプロセスを置き換えられる段階にも達していないですから。そのレベルに到達できても、社会的なコンセンサスや利害関係が大いに関係してくる。20年後、つまり2040年以降になっても、そもそも社会的にそういう方向には持って行かせないのではと、今の放射線学会やRSNAからは感じています。

花岡:高尾先生どうですか?

高尾:うーん、正直想像がつかないです。出始め当初は、今すぐにでもと思っていましたが、流行り始めてしばらく経ってみても、そうでもないんですね。個別の課題ではいい成績が出ることはあっても、全ての課題をまとめて置き換えるとなると、何かもう一つ、決定的なブレークスルーがないと難しいと思っています。そんな新しい深層学習が出てくるのかもしれないし、今のように個別の課題でズルズルやっていくのかもしれない。自分達が働いている間はまだ起きない感じがしますが、正直いつになるかは、全く想像がつかないです。

AIの「タスク」と医師の「仕事」

AIフロントランナー座談会で発言される花岡先生

花岡:どうして入れ替わらないんでしょうね? 例えば、メラノーマや眼底写真やマンモグラフィーはすでにAIがヒトの診断能を凌駕していますよね。個別の機能を置き換えることはできても、社会はそんなに早く変わっていかないということなんでしょうかね?

前田:マンモグラフィーの画像診断がAIに取って代わられたとしても、AIには正しい撮像をすることはできないし、乳腺診断全体を置き換えることは難しいのと同じではないですか?

渡谷:前提として、ちゃんと写真が撮れている必要はありますね。そのうえで、ちゃんとした画像を相手に、カテゴリーをどれにする、あるいはカテゴリー3以上に印をつける、など、タスクが単純化できるものは、AIが強くなるかもしれません。「肝腫瘍や脳腫瘍を見つけましたが、これは何ですか?」といった課題ならAIが強いでしょうね。でも、「なんでこの人お腹痛いんですか? なんでこの人苦しいんですか?」となると、タスクをコンピュータ言語で汎用化できないので、AI化が難しい。そして、臨床のタスクって、放射線医学も含めてそういうものが多いんですよね。

花岡:あと、コンピュータは例外や珍しい事象に弱いのもネックです。普通患者さんが寝台の上で仰向けになっていますが、痛みで仰臥位が取れずに横向きになっているとか、非常に珍しい疾患とか。先人の知を学んで利用する、「強いAI」(※)がでてこないとできないですね。

(※)強いAI:「強いAI」=「推論ができるAI」。それができるとシンギュラリティ―が来ると言われる。

AIフロントランナー座談会で発言される八坂先生

八坂:あと、深層学習のモデルはヒトの思考過程とは違うアルゴリズムで動いており、仮定の話ですが、正診率99%であっても、残り1%の間違いが、ヒトが見たら誰が見ても〇〇とわかるような所見だったりします。ということで、やはり人間の目を介さずに完全に置き換えてしまうのは難しいのではないかと思っています。そういうときに、患者さんから「先生は、画像を診てくれなかったんですか?」と言われると、医師としてもグサっときますよね。そういう点でも、人間の目を一度は通しておくのは医療にとって必要なプロセスなのではないかと思うんです。あと、ワンショットラーニングという少ないデータから学習するという概念も出てきてはいますが、やはり稀な疾患の診断はAIにはまだまだ難しいと思います。

前田:花岡先生はどう思っているんですか?

花岡:まず、我々の仕事がラクになる程度にAIが入ってきてくれるか?それは10年後には入ってきてくれると期待しています。でも、「置き換える」、つまり教科書の中身や希少疾患までカバーしてくれるとなると、「強いAI」が必要になって、それができる兆しはまったくないんですね。医者が置き換えられるのは、40年後とか、私が死んでからかなあと。以前東大の学生さんにインタビューを受けたことがあって、彼らは医者がAIに置き換えられるのでは、もっと危機感を持っているのではと予想していたんですね。なので、私はこう答えたんですよ。「医者は最後まで患者さんを診るから医者なのであって、世界が変わってもその点で医者の仕事は変わらない。あなた方、法曹関係者こそ、法律判断がすべてAIに置き換わってもあなた方の仕事がなくなると思わないでしょ、それと一緒だよ」と。彼らはその通りだと納得して帰っていきましたけどね。

さいごに

前田:ふう、色々な問題があって難しいですね。

渡谷:あれ、難しかった?

花岡:あまり難しい方に行かないように今日は控えめにしてきたんだけど(笑)。

前田:うーん、門外漢には結構ハードでした!

一同:(笑) 

フロントランナーの皆様は、大変わかりやすく座談会を進めて下さりましたが、門外漢にとっては難しいものは難しい(左上:花岡専任講師(モデレーター)、右中:前田特任助教(広報)、右上:八坂助教、左下:高尾准教授、右下:渡谷准教授)。

花岡:さて、みなさん最後に一言ずつお願いします。

八坂:先生方のAIとの出会いやプログラム経験について伺うことが出来てとても参考になりました。ありがとうございます。

渡谷:まず一つ。さっき花岡先生のお話し聞いてて思ったんですけどね。強いAIができないと、放射線科医は置き換えられないと言いますけど、強いAIができて僕らを置き換えた時点で放射線医学の発展は止まってしまうんです。だってそもそもAIって論文書かないし。教科書書かないし、AIってなかなか医者を教育してくれないじゃないですか。放射線医学はまだ未完成で、新しい疾患が見つかったり、新しい治療薬に対する反応が見つかったり発展し続けているのに、僕らがAIに置き換わったら、誰がそれを記述して、誰がそれを教えてくれるのという問題を、AIは何も解決してくれないんですよ。機械の性能云々、以前に、AIにはその機能はないです。

一同:(深くうなずく)

渡谷:もう一つは、これからAIに入ってくる若手の方向けのメッセージです。AIの技術自体は学べば習得できますが、これからの時代、それをどう生かすかが難しい。技術の発展を極めたい人は好きにやればよいけど、医学研究としてAIをやりたい人は、技術はちゃちゃっと学んで、それで何をやるかの方を真剣に学んだほうが良いのかなと思います。

高尾:今回、皆さんがどのような考え方でどのようなことをやっているかを知ることが出来、とてもよかったです。自分でやっていてもなかなか視野が広がらないので、色々な方の意見を聞きながらやれたらよいのかなと思います。

花岡:私も非常に参考になりました。いろいろなヘテロな人がこの分野に入ってきて、いまはとても楽しいお祭り騒ぎの時期だと感じています。そのうち別のところに移っていくんでしょうけど……これを楽しめればいいのかなと思っています。本日は皆さま大変お忙しい中、お集まりいただきありがとうございました。