AI開発基盤部門座談会 part 1

投稿者: 前田恵理子 / 投稿日: 2021年06月28日
現在ではAI(人工知能)という言葉が当たり前に使われていますが、AIという言葉が出てくるはるか昔から、東大放射線科では医師と工学系研究者が協働する形で、コンピュータを用いた診断支援の研究が行われてきました。代表的な成果が、AIの研究と臨床応用の基盤プラットフォームである”CIRCUS”です。15年以上に渡って、その開発・発展を支えてきたAI開発基盤研究部の皆様による座談会を行いました。前編は野村先生、三木先生によるCIRCUS開発秘話です。

(聞き手・編集:前田恵理子)

2021年6月10日、東大放射線科およびコンピュータ画像診断学・予防医学寄付講座のAI開発基盤研究部門による座談会を行いました。写真は左から秋山雅哉特任研究員、三木聡一郎特任助教、野村行弘特任講師、竹永智美特任研究員。

パネリスト紹介

はじめに

―――本日は東大放射線科AI企画の第2弾ということで、AI開発基盤研究部門の皆様にお集まりいただきました。皆様は東大病院22世紀医療センターにて、東大放射線科を親講座とする「コンピュータ画像診断学/予防医学寄付講座」にご所属です。三木先生が医師、野村先生、竹永さん、秋山さんは工学系研究者ということで、工学系研究者の方がこのブログに出演して頂くのは初めてになろうかと思います。医療AIに興味のある、工学系の学生さんや研究者の方にも参考になるようなお話を伺えたらと思っています。

なぜCIRCUSが必要だったのか?

三木:コンピュータで画像の検出・診断支援をするというアイディアは、とくに工学系研究者の中では昔からあったんですね。ところが、彼らは医療との接点があまりない。また、医者はコンピュータに詳しい人があまりいない。すると、工学系研究者がアルゴリズムを頑張って作ったけれど、それを医師に検証してもらうことが出来ないとか、アルゴリズムを作る能力はあっても、コンピュータ支援検出/診断(以下、CAD)にするためのデータを医者にもらうことが出来ない、あるいはデータが手に入ってもどこに病変があるのかがわからない。増谷先生(AIフロントランナー座談会part 1参照)がいらしたころに、そうした医者と工学系研究者のギャップを解決するプラットフォームを作ろうということで始まったのがCIRCUSプロジェクトになります。

CIRCUSシステムの必要性について解説する三木先生

野村:CIRCUSプロジェクトは、林直人先生(コンピュータ画像診断学/予防医学寄付講座特任教授)と増谷先生が中心なって、2006年に始まりました。

―――もう15年になるのですね

野村:そうです。CIRCUSには2つの軸があります。一つ目はCIRCUS DB(database)といって、放射線科医が検出した病変を、コンピュータに「病変はここだよ」と教えてあげる正解データを作るためのシステムになります。

―――林先生が画像によく色塗りされている、あれですね。

野村:もう一つはCIRCUS CS(clinical server)というものです。2009年に東大病院のコンピュータ画像診断学/予防医学講座検診部門に設置されたので、放射線科医の先生方はよくご存じだと思います。これは、CTやMRIなど画像診断装置をCADが入っているサーバーに転送し、すぐに処理を行い、しかも処理の成否や実際の診断結果も容易にわかるように表示する環境になります。これは私が1年かけてほぼ一人でプログラミングし、2009年からはWebプログラミングの部分などを三木先生がやってくださっています。

CIRCUS CS(初版)を一人で作り上げた野村先生。

三木:CIRCUS CSのおかげでCADを実際に医者に使ってもらって、臨床の中で実際このCADが人間にとって有用なのかを検証することが容易になりました。2009年には実際に脳動脈瘤検出や肺結節の検出に使えるCADが実装されました。

CIRCUSプロジェクトの成果

―――CIRCUSを使ってどのような研究がなされてきたのでしょうか?

野村:東大や関連病院にCIRCUS CSを使用し評価入力してもらって、検出した結果がちゃんと合っていたかどうかを評価する、そんな研究がメインでしたね。あと、医者からのフィードバックをCAD開発に戻して再学習し、CAD自体の性能を改善していくという研究もしました。あとは、三木先生のAJNRの論文。

三木:放射線科医から日常臨床で日常的にフィードバックを長期間得ながらCADを実証していくというのは、脳動脈瘤CADにおいては世界で最初の発表でした。もちろん、CADを使うことで、放射線科医の見逃しがどれくらい減りましたと定量するような研究もやってきました。CADを使うことで、放射線科医の動脈瘤の検出率が10%くらい増えることを発表しました。一方で、CADがちゃんと脳動脈瘤ありと検出したのに、医師がその結果をスルーしてしまう頻度が結構あるんですよ。

―――CADはもっと見つけているので、放射線科医が虚心坦懐にCADの結果を見て採用していれば、もっと見落としは減るんでしょうね。

三木:あと、CIRCUS CSでは、検出された病変を位置情報付きで知ることが出来るので、肺の中で放射線科医はどのあたりに見落としが多いのか、といった論文も書きました。

野村:読影者ごとに結果を表示することもできるのですが、だいたいどんな先生も、放射線科の教科書によく書いてあるような、肺門部や食道奇静脈陥凹など、割と見落としの典型的な場所に見落としが多いことがわかりました。また個々の放射線科医で多少の個人差があることもわかりました。これは今年の5月にAcademic Radiology誌に掲載されました。

三木:あと、そんなにきれいな結果にはならなかったのですが、見落としやすい場所には個人差があるので、それを個々の読影者について学習させてCIRCUSの結果に反映させ、この先生は〇〇の場所に見落としが多いからこの辺多めに出そう、などと調整するとどうなるかというシミュレーションもしました。

多施設共同研究

野村:2011年より、医局の関連病院である筑波大や、北社保(当時)など他施設でもCIRCUS CSを使ってもらいました。また、CIRCUS+プロジェクトでは遠隔画像診断のシステムにCIRCUS CSを入れてもらって、複数の施設で使ってもらったりもしました。後者は経産省の支援を受けて、企業とアカデミアが協力して行うプロジェクトの一環として実施したものです。色々な施設と共同研究ができたので、施設ごとに性能をカスタマイズする研究を行い、発表した論文は日本医用画像工学会の論文賞を頂きました。

三木:あと、広島県三次市の集団CT検診のプロジェクトでも共同研究を行っています。その中で、CTの新しい再構成法(キヤノンメディカルシステムズ社によるモデルベース逐次近似再構成法)でCADがどれくらい耐えられるかという研究を行いました。

野村:超低線量でCADを使うときは、逐次近似再構成をかける必要があります。FBPだと雑音が多すぎてCADが性能を発揮しないんです。

新版CIRCUSシステム

野村:旧版のCIRCUSシステムは、2008年ごろの技術がベースになっているのですが、その後コンピュータが進歩し、色々なことをWebベースでできるようになりました。今月リリースした新しいCIRCUSシステムは、全てがWebベースでできるように刷新されます。完全Webベースへの更新作業をほぼ全部一人で担ったのが、三木先生です。

―――へぇーーー、すごい!

三木:外部企業に依頼してみたりもしたのですが、良いものができなくて……。結局私が最新のWeb技術を勉強し、基本的なWebの部分は仕上げました。

野村:2020年にはIJCARS誌に論文が掲載されましたが、コロナ禍でお披露目が遅れ、先週の第4回人工知能応用医用画像研究会で正式リリースとなりました。

―――おめでとうございます!新しいCIRCUSは何が違うのですか?

野村:見えないところも全部刷新されていますが、見えるところでは、正解入力の色塗り作業をWebで行うことが出来るようになりました。また、Webで3D画像を作成することが出来るようになりました。

三木:完全にWebベースになったのが一番大きいです。また、以前のバージョンのCIRCUS DBは一部、市販のDICOMビューワを使っていたのですが、新しいCIRCUS DBではDICOMファイルを直接処理して表示し、色塗りして入力して……という一連の作業をすべてJavaScriptベースでできるようにしました。

―――それ、三木先生一人がやったの?

三木:大半の設計と実装については、そうですね。

野村:旧版CIRCUSのWeb画面表示では、DICOM画像を1枚1枚Webで見られる画像に書き換えていました、新版ではDICOM画像を3次元のボリュームデータとして保持し、様々な断面で表示できるようになりました。臨床現場でCADをインストールするとなると、医療情報システムの端末にインストールしてもらえない施設があったりしますが、完全Webベースになると、端末にせいぜいウェブブラウザを追加してもらう程度になるので、色々な施設で使ってもらいやすくなります。

新版CIRCUS CS画面

三木:色々な病院に使ってもらうためには、完全Webベースにすることはとても重要だと思っています。

野村:CIRCUSプロジェクトも大きくなってきて、さすがに私と三木先生だけでは手が足りなくなってきたので、2016年ごろから特任研究員を迎えています。人材探しも大変難航したのですが、今は幸い竹永さんと秋山さんにお手伝いして頂けるようになりました。

CIRCUSの歴史に聴き入る竹永さんと秋山さん。彼らにとっても、CIRCUS開発の歴史をまとめて聞く機会は貴重だったそうです!

三木:正解入力のチェックも新しいバージョンでは楽になりましたね。竹永さんが正解入力の下書きの色塗りをして、吉川先生(同寄付講座の吉川健啓特任准教授)にチェックしてもらうときも、「Webに入っているんで!」と言っておけば、オンサイトで見てもらう必要もなく、スムーズに仕事ができます。

野村:あと、旧版はdeep learningに不可欠なGPUでの処理に対応していませんが、新版ではGPU対応となり、deep learningを使ったCADも使えるようになりました。

―――え、今までdeep learning使っていなかったんですか!?

野村:そうなんです。中尾先生(同寄付講座の中尾貴祐特任助教)が開発された、deep learningを用いた脳動脈瘤検出も、新しいシステムに移行してから導入することになっています。

―――2008年から10年以上、あのシステムよく頑張ってますよね!

野村:旧版のCIRCUS CS、最初はほぼ一人でプログラミングしたとは自分でも信じられないです。あの頃は三木先生と夜中の2時、3時までディスカッションして、というか喧嘩して、ワーカホリック状態でした(笑)。

三木:ほんと、なんであの頃あんなに喧嘩してたんでしょうね(笑)。若かったのかな。

(後編につづく)