大熊ひでみ先生フィンランド留学記

投稿者: 大熊ひでみ / 投稿日: 2021年02月22日
2017年3月に東大放射線科の大学院を卒業された大熊ひでみ先生が、2018年8月~2020年12月の約2年半に渡ってフィンランドのKuopio University Hospitalに留学されました。留学先としては珍しいフィンランドの地方都市、東大ではほとんど行っていない乳腺画像診断、しかも幼児・小学生同伴の単身子連れ留学とのことで、とても勇気づけられます。

略歴

京都大学理学部、同医学研究科修士課程を卒業後、岡山大学医学部卒(2009年)。愛知県での初期研修を経て、夫の転勤に伴い東大放射線科に入局。2017年医学博士取得。現在10歳と7歳二児の母。

留学を考え始めた時期と留学先探し

医学部編入前から、博士を取ったら留学したいという気持ちはありました。しかし、結婚して子どもが生まれ、簡単には身動きしにくい状況になっていたこともあり、東大で博士課程に在籍していた時には半ば諦めてもいました。一度目の転機は、大学院4年生の時に、約10年ぶりに海外へ行ったこと。正直なところ、最後の思い出作りとして演題を出していた部分も否めませんが、夏にアジア、冬にアメリカ、春にヨーロッパでの学会に参加し、外の世界に触れることの重要性を再認識したことと、何より子育て以外の何かに打ち込める自分を再発見したことが、後に長期留学を目指す大きなきっかけになりました。

大学院では死後画像について研究していましたが、卒業後は乳腺画像について研究してみたいという希望がありました。当時東大の放射線科では乳腺画像検査はMRIも含めて行っていなかったため、医科歯科大に週1回国内留学の形で勉強に行かせていただき、基礎を学びました。

泊り勤務のある会社員の夫が留学先についてくることも、小さな子ども達を日本で一人で育てることも現実的ではなかったため、留学先では私が子ども達を連れてひとり親として生活していけること(安全で、教育環境が整っていること)が最低条件であり、受け入れ先探しは尚更に難航しました。

いろいろな可能性が出ては消える中で、ふとフィンランドに行きたいと思うようになりました。医学部に入る前、世界中を旅していた中で一番好きになった国だったのです。安全で教育レベルが高く、英語も通じる…私が探していた条件にピッタリでした。とは言え、伝もなく、留学のことは頭の片隅に置きながらも、慌ただしい日常に翻弄され、時は流れました。

専門医試験合格を機に、子ども達を連れてフィンランドに行ってみました。初めての母子旅行でしたが、思いのほか快適で、子連れ単身留学もフィンランドなら大丈夫かもと思える体験になりました。また、その時宿泊先としてお世話になったご家庭の方が、結果的に留学受け入れ先を探してくださるご縁となりました。世間話の中で、「またフィンランドに来たいな」と言っていたのを覚えていて、数か月経った頃に連絡をくださったのです。

留学準備

面識のない一般人からの電話で、海の物とも山の物ともつかない日本人の受け入れを打診されて快諾するなんて、今考えてもあり得ない展開なのですが、実際にご縁があるときというのは、そうやって物事が動いていくのかもしれません。チャンスは突然に巡ってきて、あっという間に私の留学先が決まり、ほぼ同時に子ども達の学校や保育園も決まりました。

クオピオの地図
美しいKuopioの風景

私の仕事がひと段落した時点で、子ども達を連れて、現地に行ってみることにしました。Google Mapで見ると森と湖ばかりでほとんど人の気配を感じず、よほど何もないのかと覚悟していましたが、市の中心部には大きなスーパーやデパートがあり、米や醬油などの日本食の他、小さ目サイズの洋服や靴もあり、一安心。この時初めてお会いした教授は、やわらかな笑顔が印象的な穏やかな女性で、子連れで来た私たちに嫌な顔を一切せず、時々子ども達にも優しく話しかけながら、「私にも子どもがいて、孫もいるのよ。フィンランドはママと子どもに優しい国だから、何も心配することないわ」とおっしゃってくださり、その温かい空気にホッとして涙が出そうになりました。

短期滞在ではありましたが、できる限り街中を歩いて回り、住むのによさそうな地域を探しました。インターネットの物件やFacebookの投稿を見て大体の相場をつかみ、最終的には子どもの小学校からほど近いところに家具付きで賃貸物件を見つけたので、そこにしました。賃貸契約だけでなく、留学先や学校・保育園とのやり取り、電気やインターネット開通の申し込みなど、ほとんどすべての手続きが日本にいながら電子的にできたのは、IT産業大国フィンランドならではの恩恵かもしれません。

取得に時間がかかると言われた居住許可は、申請した当日の夜に呆気なく通り、現地に行ってすぐにしなければならない銀行開設や住民登録手続きの予約をネット上で入れて、渡航準備は順調に整いました。

留学中の生活

Vanninen教授とのキノコ狩り

フィンランドの朝は8時から始まります。時間に正確なフィンランド人は遅れてくることはありませんが、まずは “Moi” の挨拶とともにコーヒーを淹れ、ゆったりと仕事を始めます。そして、ランチを11時ごろから楽しみ、少し仕事をすると、14時ごろから午後のコーヒータイムが始まります。定時は16時で、医師であってもほぼ時間きっかりに帰ります。金曜日は14時ごろから人がぐんと減ります。いい生活ですよね(笑)。

保育園は7時から17時まで開園していて、園で朝ごはんも提供してくれます。家では起きて着替えるだけでよく、朝のイヤイヤ、モタモタと格闘しなくてよいので仕事前のストレスがかなり軽減されました。寒さに対する服装の準備だけは厳しく言われました(10度を下回ると上着や帽子、手袋などを身に着けるように言われ、0度近くでも外の体育で半袖短パンが奨励される日本とは対照的)が、その他には持ち物も決まりもなく、とにかく外でよく遊ばせてくれました。

小学校は、始まりの時間は8時から10時、終わりは12時から15時と日によって、あるいはクラスや班によってばらばらで、最初は戸惑いました。フィンランドでは共働きが標準で、親が日中家にいるということはほぼなく、便利な民間学童や塾もないですし、これと言って習い事もしていないし、子ども達はどうするのだろう…と思いましたが、近くの森で走ったりゲームをしたり、自由にのびのびと過ごしているようでした。安全なので、基本的に親の付き添いは必要なく、特に夏は日が暮れないので遅い時間でも外で遊んでいる子ども達を見かけることがありました。

物価の高いフィンランドでの生活費はというと、ありがたいことに所属先の大学病院から研究員として雇用契約をいただいていたので、そのお給料で滞在中の生活費はほぼカバーすることができました。また、雇用契約があったことで、子ども達も含めフィンランド人と同じ社会保障(健康保険や年金)に入ることができました。その他に、スカンジナビア放射線医学協会(渡航前)と、フィンランドの財団(渡航後)から奨学金をいただくことができました。

地方都市だけあって、英語が通じないことがそれなりにありました。学校や公的機関からのお知らせは当然フィンランド語ですし、当面Google Translateでしのぎましたが、どうしても困った時は、職場の同僚や友人に助けてもらいました。自分でもフィンランド語の習得を試みたのですが、ウラン語族フィン・ウゴル語…とかいうどの主要言語とも似ても似つかない独特のフィンランド語を、フィンランド語で学ぶというのは、とても困難なことでした。

Kuopio大学放射線科乳腺チームのクリスマス会

臨床に携わることは制度上難しかったことと、やはり言語の壁があり、カルテから正確な情報を拾うことができなかったため、すでに撮像されていた過去の画像と関連する組織情報を用いて、主に乳癌の組織型と画像所見の関連を調べる研究をしました。最終的な診断には病理学的な組織検査が必要ですが、病理で見られるのは病変の一部であるのに対し、MRIやエコーなどの画像検査は全体像がくまなく多角的に捉えられることが強みです。生検前や術前に、どの部分に悪性度の高い成分が集まっているのかを予測すること、またおおよその組織型を推測できることで、病理で集中的に調べるべき箇所の見当をつけたり、病理診断との乖離があれば再検査を考慮したりと、より正確な診断につなげることができます。また、良性病変を確信を持って良性と画像診断することで、不必要な生検や手術を避けることができます。成果の一部はすでに論文化され(*)、滞在中に二度のECR(欧州放射線学会)での発表も経験しました。

(*)

  1. Nykänen A, Okuma H, Sutela A, Masarwah A, Vanninen R, Sudah M. The mammographic breast density distribution of Finnish women with breast cancer and comparison of breast density reporting using the 4th and 5th editions of the Breast Imaging-Reporting and Data System. Eur J Radiol. 2021 Feb 6. doi: 10.1016/j.ejrad.2021.109585

  2. Istomin A, Masarwah A, Okuma H, Sutela A, Vanninen R, Sudah M. A multiparametric classification system for lesions detected by breast magnetic resonance imaging. Eur J Radiol. 2020 Oct 1;132:109322. doi: 10.1016/j.ejrad.2020.109322.

  3. Okuma H, Sudah M, Kettunen T, Niukkanen A, Sutela A, Masarwah A, Kosma VM, Auvinen P, Mannermaa A, Vanninen R. Peritumor to tumor apparent diffusion coefficient ratio is associated with biologically more aggressive breast cancer features and correlates with the prognostication tools. PLoS One. 2020 Jun 25;15(6):e0235278. doi: 10.1371/journal.pone.0235278.

  4. Almasarweh S, Sudah M, Joukainen S, Okuma H, Vanninen R, Masarwah A. The feasibility of ultrasound-guided vacuum-assisted evacuation of large breast hematomas. Radiol Oncol. 2020 Jun 26;/j/raon.ahead-of-print/raon-2020-0041/raon-2020-0041.xml. doi: 10.2478/raon-2020-0041.

  5. Kettunen T*, Okuma H*, Auvinen P, Sudah M, Tiainen S, Sutela A, Masarwah A, Tammi M, Tammi R, Oikari S, Vanninen R. Peritumoral ADC values in breast cancer: region of interest selection, associations with hyaluronan intensity, and prognostic significance. Eur Radiol. 2020 Jan;30(1):38-46. doi: 10.1007/s00330-019-06361-y. Epub 2019 Jul 29.  *Co-first authors

さいごに

興味はあるけれど、いろいろな障壁があって、とても海外留学なんて考えられない! と思っている先生方に、私の存在が励みになったらいいなと思っています。私自身、もう年を取ってしまっているから無理、子どもがいるから無理、乳腺画像なんてやったことないから無理、といくつもの「無理」が立ちはだかっていました。最初から順調に話が進んだわけではなく、何度も挫折して立ち止まり軌道修正しながら長い年月待ち続けてチャンスが巡ってきました。

東大の放射線科は、優秀でエリート街道を歩む人でなくても、暖かく応援してくださる雰囲気があります。このような貴重な機会をくださり、応援し見守ってくださったすべての方に大変感謝しております。