五ノ井渉先生、医局長お疲れさまでした

投稿者: 五ノ井渉 / 投稿日: 2021年03月16日
2020年度に東大放射線科医局長を担われ、2021年度からは佐藤次郎先生の後を引き継いで放射線部副部長に就任される五ノ井渉先生。類まれな才能で、臨床、研究、教育、管理業務、そして新時代への医局改革を、非常に高いレベルで成功させて来られました。医局長には誰もが日頃お世話になっている割に、その業務の全体像は知られていません。その点でも、「医局」「医局長」がよくわかる、必見の名記事です。

(聞き手・編集 前田恵理子)

五ノ井渉先生: 夕富士 2021 渋谷

先生のご略歴をお願いいたします

小さい頃から ”世の中をよく治めて人々を苦しみから救う仕事がしたい(経世済民)” と思っており、時代や地政学的な条件を超越して、普遍的価値観が共有される医学を選びました。学生時代は、ノーベル生理学・医学賞を目指そうと思いましたが、政治・法律・経済から行政・経営・国際保健・脳科学・ビジネスなど幅広く興味を持ちました。結局、長く楽しく続ける上では、広く人々の役に立つこと(初心)、日々の学びや生活が楽しいものであること、テクノロジーの潮流に乗れてワクワクする未来が見えることが大事と考えて、放射線診断の道を選びました。

  • 1998年 開成高校卒

  • 2005年 東京大学医学部卒

  • 2005年~ 佐久市立浅間総合病院・東京大学医学部附属病院で臨床研修

  • 2007年~ 東大放射線科に入局し、東京大学医学部附属病院・NTT東日本関東病院で放射線科専門研修

  • 2009年~ 東京大学医学部附属病院放射線科 大学院生、2012年 医学博士(東京大学)

  • 2012年~ 同 助教、副医局長業務を歴任

  • 2018年~ 大阪大学大学院 招聘准教授 (東大と兼務) 

  • 2020年~ 同 助教 兼 医局長2021年~ 同 講師 兼 放射線部副部長(部長代行)就任

詳細は五ノ井 渉 (Gonoi Wataru) - マイポータル - researchmap

医局長になる前まではどのようなお仕事に携わっていましたか?

専門研修で、全身の画像診断を一通り学んだ後は、臨床(画像診断とIVR)と研究(膵管の画像診断、死後画像診断、転移性肝癌の画像診断などの研究チームを組織、様々な領域の大学院生の論文指導)と教育(学生教育・初期臨床教育・専門教育)と管理業務(副医局長業務)と私生活と、全てに励みました。副医局長相当の管理業務では、科内の業務がうまく回るよう毎週シフト調整を行う予定表係、当時でも100人を超えていた若手~中堅の外勤(=アルバイト)人事を担う外勤係を数年ずつ務めました。外勤係では、年々飛躍的に増える医局員に対応すべく、数多の医療機関と交渉して、当医局保有の外勤枠を数億円規模まで拡大し、若手~中堅医局員の収入を確保しました(この間、自分が受け取った外勤はありません)。

医局長はどのような仕事をするのですか?

医局長選挙の結果、医局長になった瞬間から、莫大な量の業務を任されました。医局長としての業務は広範囲に及び、代表的なものを挙げると以下のようになっていました。

  1. 東大病院内の上級医を含む診療業務の管理

  2. 医局の大学院生の管理

  3. 東大病院内の専攻医・臨床研修医の管理・教育

  4. 医局の財務管理

  5. 東大病院内の各種事務手続き・各種問い合わせ対応

  6. 多数ある医局内イベントの企画・準備全般

  7. 医局人事(160-180人の若手~中堅医局員・約30の関連病院すべてとの交渉・説得)

  8. 大学院受験者対応(受験案内・受験状況調査等)

  9. 専門研修プログラム作成・登録手続き(2021年度分の29病院と10プログラムを作成・採用枠調整。2022年度分の29病院・17プログラムを作成)

  10. 新入医局員の勧誘・説明会・説得・採用

  11. 新型コロナウイルス感染症への対応(医局イベントWeb化、講義Web化、業務フローの改定、科内の医師の健康管理、医局員勧誘のWeb重点化、訪問者管理)(2020年度)

  12. 日常の読影業務

  13. IVR

  14. 大学院生の研究指導

  15. 学生講義

7~10の項目は、各関連病院に定員がありますので、全ての関係者の提示する条件を同時に勘案しつつ、すべての調整を同時に完了させる必要がありました。12~15は、元々抱えていた助教業務で、これらも引き続き行いました。

大きくなった医局を効率的に運営するために、どのような工夫をされましたか?

私は、自分の医局長就任とコロナ禍を機と捉え、東大放射線科医局を、「まだ日本のどこにも存在しない『医局2.0』へアップデート」し、先陣を切ろうと思いました。

総括としては、まず、医局業務全体が、ひとりの医局長の双肩に依存しすぎている体制が、現在の医局の最大のリスクであると認定しました。自分の代のうちに、業務の効率化や分散を行い、今後どのような医局長が就任しても安定して運営できる組織に改変する必要がありました。また、近年の研修制度改革・働き方改革・医局拡大に伴い制度疲労を起こし始めていた部分の改正も行う必要がありました。さらに、医局の成長の核は、多くの優秀な新入医局員に恵まれ続けることであるので、圧倒的に選ばれる医局となるために、医局のブランディングを行いました。

若手医局員や臨床研修医に広く意見聴取を行うと、(東大放射線科を選ぶような賢い医師達だからかもしれませんが)、皆しっかりと地に足のついた意見やアイデアがあり、責任感を持って仕事をしており、信頼して仕事を任せられる人達であることが裏付けられました。また、中堅医局員(東大助教クラス)も、リーダーを担える逸材が多くいるにも拘らず、権限がなく、頭脳やリーダーシップを発揮しきれていないことがわかりました。このような資産を活用しない手はありません。今まで以上に意見を言いやすい雰囲気を作り、議論のベースとなる公開可能情報を開示し、意見を吸い上げやすい仕組みを作るなど、さらなる民主化を進めました。そして、その上で、難易度の高くない意思決定や企画を、医局長のサポートの元に、若手に権限移譲し、自ら現場の課題解決を考えて提案してもらう施策を複数実行しました。これらにより、「医局長業務の分散」、「医局員のオーナーシップの向上」、「次世代のリーダー育成」の3つの目的を同時に達成することを意図しました(註:オーナーシップ=主体的に職務に取り組むマインド)。この3つの目的は、東大病院内だけでなく、東大関連病院全体に拡張する必要があります。これまでほとんどを東大病院内の人員で行っていた医局員勧誘・研究指導・研究会については、東大関連病院の医局員も参加する体制に変えて、東大放射線科医局員全員が、一丸となって、若手・次世代リーダーの育成から、医局の発展に参画する構図を強調しました。他にも、対外ホームページ改定(大幅な情報公開)、院内ホームページ改定、医局秘書への業務移管、一部業務のデジタルトランスフォーメーション(IT化・クラウド化)等を行いました。

ブランディングとしては、対新入医局員・対医局員両方に対して、「'多様性を推進力に'の医局スローガンの推進」、「民主的・合理的な社風の拡張」、「新しい価値観への対応・先進技術の導入」を意識させる施策を実行しました。新入医局員候補である臨床研修医や医学生に対しては、手持ちの情報は隠さずに積極的に開示し、封建的な要素がなく、「開かれた民主的な医局」であることを理解してもらい、安心して東大放射線科に身を任せられるようにしました。また、レジデントセミナーの再編、学会・セミナー招待、ロールモデルとの面会セッティングを行い、継続的に人材育成にコミットする医局であることを示しました。入局済の現・医局員に対しても、 「開かれた民主的な医局」を今まで以上に実感してもらえるように、情報の民主化や管理業務参画を進めたことは、先に述べたとおりです。他に、医局員間の公平感を増すために、医局費の使途整理と支出制限、若手の研究費支援拡張、東大病院共益費の減額、医局費徴収基準の公平・明確化(現役世代一律負担へ変更 ※法案審議中)を進めました。加えて、新しい働き方・多様な価値観への対応力・懐の深さを示すべく、有給休暇取得徹底、1週間を超える連続休暇の解禁、大学院生の無償労働の厳しい制限、男性医師の産育休取得、カンファ当番の時間的・心理的負担の軽減を進めました(東大病院内)。人がAIに置き換わるシンギュラリティに懸念を持つ入局希望者を対象に、東大の放射線科医は、AIを始めとする新技術を積極的に開発・導入して自らの武器に変えており、能力が拡張されて今まで以上に必要不可欠な存在になるであろうこと、攻めの姿勢を強調しました。

2020年度の任期中に約50の政策を立案・実行しましたが、教授から新人の専攻医まで快く手を差し伸べて、助けてくださいました。お陰様で、医局運営は総じて順調に進み、新入医局員は史上最多の19人に恵まれました。どの先生も将来が楽しみで、末永く仲良くさせていただきたいです。これらは、愛すべき医局員の皆様の協力なしには、実現し得なかったことです。この場を借りて心より感謝申し上げます。

医局長をしながら数多くの研究活動や生活を継続することは、並々ならぬ努力ではなかったと思います。苦労されたこと、工夫されたことがあれば教えてください。

医局長業務は、引き継いだ時点で既に、一人の人間に背負わせるには過剰な負担となっており、前任の花岡昇平医局長の苦労が偲ばれました。しかし、医局長拝命の機会に、追加的に実行に移したいアイデアもたくさんにありました。これに、臨床業務・教育業務・研究業務・アルバイト・私生活が加わり、できれば後輩に置いて行かれないよう勉強もしておきたく、そこにコロナ禍が重なり、大時化となった荒波の中で、舵取りを行う必要がありましたので、平常心で航行することは、容易ではありませんでした。何とか乗り切ることができたのは、就任前までの蓄積と、東大放射線科の素晴らしい土壌によるところが大きいです。

私個人が使える時間と労力には限りがあるので、多くの成果を挙げるためには、個人の生産性の向上と、周囲を巻き込んで手数を増やすことが必要です。個人行動の面では、質を保ったまま単位時間あたりの臨床処理能力を上げるために、一例ですが、トヨタの生産工場では歩く歩数まで無駄が無いよう指定されていることにヒントを得て、様々な手や目の動線・クリック回数を計測し、重複操作の削減、過去に履歴のある反復動作を制限し、読影・IVR時間を短縮するといった感じの工夫は日々積み重ねていました(ただし、人を指導する際は、3倍くらい時間をかけます)。

グループ行動の面では、ライバルや後輩には積極的に塩を送るようにして、自分の代理や後任、自分を超えて取って代わる人材の成長を促すこと、次のリーダーとして経験や実績を積ませてキャリアをプロデュースする、対等な関係で遊びに行けるように富ませる、ということを、専門研修医や大学院生の頃から、少しずつ意識して行ってきました。自分を差別化して生き残る戦略とは逆になりますが、仮に自分が追い抜かれる日が来ても(実際にはあっという間にごぼう抜きにされていますが)、自分より優れた人材に囲まれ続けることが、自分の成長、仕事の楽しさ、社会的使命の遂行力に大きくプラスに働くと、考えてきたからです。人に業務や研究を任せる際も、相手のキャリア形成の上で、それがどのような意味を持つのか、相手を主役に考えて進めると、快く引き受けてもらえますし、一緒に当初の目的を達成できる上に、その体験や喜びも共有することができます。公私ともに良好な人間関係を築いておくことは、当然業務遂行上も大事です。結果的に、自分の周り(換言するなら医局)には、いつも、自分よりも優秀で、全幅の信頼がおける協力者がたくさんいて、色々なことを学ばせてくれたり、遂行したい施策や研究を、価値観を共有しながらスムーズに実現することができました。こんな状況でも仕事もプライベートも楽しく過ごすことができたのは、医局の皆様のおかげです。

来年度からは放射線部副部長に就任されます。放射線部副部長の役割と、先生の抱負を教えてください

東大病院には「放射線科」と「放射線部」があり、使い分けがわかりにくいです。「放射線科」は、医師が専門にする診療科の一つですが、「放射線部」は、病院の中央診療部門のひとつであり、内視鏡部や手術部の仲間になります。東大病院放射線科の検査施設(CT・MRI・核医学・単純X線・血管撮影・透視室・放射線治療等)は基本的に「放射線部」に属しており、診療放射線技師も「放射線部」の所属です。放射線科診療科長と放射線部部長は、阿部修教授が兼任しますので、副部長は「放射線部」のNo.2(部長代行)として、診療放射線技師を含む部門全体の管理業務を行います。前任の佐藤次郎先生からは、既に、病院内の委員会・会議など、約40件の管理職業務を、お腹いっぱい引き継ぎました。佐藤先生とは、およそ10年間東大病院で一緒に働かせていただき、画像診断・IVRを直接手ほどきいただきました。佐藤先生は、管理者として類い稀な才能をお持ちの先生で、医局長・副部長を務められ、東大放射線科の安寧に寄与されました。佐藤先生の後ろ姿には、非常に多くのことを学ばせていただきました。その後任に恥じぬよう、また、放射線部をより発展させられるように務めさせていただきます。もちろん引き続き、「放射線科」としての業務も変わらず務めますし、東大放射線科の医局員全員が幸せに過ごせるように、石田尚利 新医局長と協力しながら、医局業務もお手伝いさせていただきます。

最後に、人生を彩るものは、業務そのものよりも、人との出会いやつながり、一緒に何かに取り組んだり、一緒に遊んだ体験である、と思っています。これまでもそうでしたが、遊び心を最重視して、色々なことを楽しみたいです。例えばですか? 多すぎて書ききれないですが、多分誰とでも「何か共通のやってみたいこと」が見つかりそうです。是非話しかけてみてください。